2017-08-25

みにくいアヒルの子

童話に出てくるみにくいアヒルの子

私の幼少期は
そんなお話のような世界でした。



私は物心ついてから今までの人生で
自分を心から美しいと感じたことは

正直1度もありません。



産まれた時、記憶にない頃の
僅かに残る写真から

本当は元々可愛く凛々しく
生まれついたと感じます。



ただ、私が物心ついた頃
私の家族はとても複雑な状態でした。

簡単に言えば母と祖母
嫁姑の関係が酷かったのです。



ある日、家族で家出しました。

例えるなら、脱北。



母は私に選ばせました。
母と祖母、どちらについていくか。


母はいつも、私に関わることについては
アドバイスはしても
最終決定権を私に与えてくれました。



当時の私は
鼻持ちならない相当な我儘娘だったようです。

あのまま大人になっていれば
見た目は今より綺麗だったかもしれません。

でも性格は我ながら最悪だった事でしょう。



私は母を選びました。
私を心から想って言っていることが
幼いながらにもわかったから。



私の精神も両親ともに恐らく限界でした。

当時の私の写真は
同一人物に思えない程異様な雰囲気を放ち
我ながら気持ち悪い自分です。




推察ですが、幼いながらも母を選んだ時
私はその時持っていた美しい世界
自分の美しさをを捨てたのです。


そうしなければ
急に放り込まれた新しい世界で
生きていけなかったのです。



ただそこで急激に変わった自分の姿が
本当に好きになれなかった。

当時、自分の写真を塗り潰したり
×印をつけていました。


今思えば、写真に写る私が
私だと認められなかった
行動なのだと思います。



それまでいた小さな世界が私の全てだった。

我儘三昧、ちやほやされてきた私。
一瞬で世界が変わってしまった。



急激に変わる環境に
ついていく事に一生懸命で

気付けば無意識に
私は持っていた美しさを捨ててしまいました。



簡単に捨ててしまった美しさ。

私は取り戻す術を持っていなかった事に
捨ててしまった後になって気付いたのです。




美しさを捨てた幼少期
その後遺症は今でも根深く残っています。





それでも今
自ら美しくなりたいと思った。


あの時捨ててしまったもの
それはとても大きいけれど

手に入れたものはもっと大きい。


それは誰にもなかなか出来る事のない経験。

偏見、好奇な目、噂、いじめ

様々な大人たちの、様々な部分
人の持つ様々な心の美しさ、汚さを
垣間見てきました。



だからこそ、どのような噂を聞いても
偏見に囚われず
自分の目と心で確かめて
人と接する私がいます。



どんな噂を持つ方であっても
その方と接した自分がどう感じるかが
大切なのだと思います。




そのように自分を美しいと全く思えなかった私も
今、自分の力で美しく在る事に挑戦しています。



白鳥とまではまだいかない。
それでも、本当に変化し始めている
私がいること。



生まれついたものに頼る事なく
私ペースの努力と
「ハイヒールの哲学」によって


生まれて初めて
自分を少し美しいと
僅かに思える自分になりつつあります。


まだまだ目指す美しさまでには
かなりの時間はかかるでしょう。


周りには本当に美しく素晴らしい
女神さまが沢山いる。



それでも私は、自分の事を少しでも美しい
そのように思える日が来た事が

本当に心から嬉しいのです。

camélia Ayako

千葉 ハイヒール camélia Ayako
何かを学ぶためには、
自分で体験する以上に
いい方法はない。
アインシュタイン