2017-08-19

師の見つけ方

先生と師匠

どちらも先生であり
同じような意味だと思っていました。

ただ感覚的に
ニュアンスの違いは理解していました。


上手く説明出来ませんので
色々調べておりましたら

上手く説明されている方が
いらっしゃいました。

師匠と弟子の関係、先生と生徒の関係、の違い



私にとってAsami先生は
まさにお師匠さま

教えを伝え頂くのではありますが
そこから自分が何を学び

何に気付き、何を感じ

何を真似、何を吸収するか



そしてAsami先生という師から
伝え学ぶことの中から

自分がどう在りたく
何を学びたいか

何を疑問に感じるか



それはクライアントとして
ASAMI-PARISの芸術作品として

私たち自身の
主体性に委ねられています。



主体性
それは1人1人が持つ
輝く個性であり


それがセンスというもの
なのかと思います。




師と呼べる先生との出会いは
本当に奇跡です。


私もAsami先生の元にたどり着くまでに
いくつかのウォーキングレッスンを
受けたことがあります。
そこでのレッスンは続きませんでした。



師となる先生に対して
共鳴する部分が無ければ
レッスンは続かないのです。


また師と呼ぶべき先生に対して
リスペクトしたいと思わなければ
レッスンを受け続けようと思わないのです。


それは師のレベルと自分のレベルの
バランスもあると思います。



どれ程素晴らしい師であっても
今の自分のレベル
求める方向性によっては
合わないこともあります。

それはエネルギーのバランスとも
言い替えられる気がします。




その中でも1番大切だと感じることは
先生のお人柄と美意識の感覚

そして師の持つ信念。



何を美しいと感じるかは
人それぞれです。

自分の美意識と異なる
師の元でレッスンを受けると

感覚的にではありますが
どこかネガテイブな違和感が残ります。



ちなみにAsami先生ご自身は
以前レッスンの選び方として

師となる方の歩いている姿、動画を見て
美しいと感じる方を選ぶよう
勧められていました。


私自身はまだまだ粗削りな状態ではありますが
目指す歩きはAsami先生です。



在るべきパーツが
在るべき場所に正しくあるだけ

それが現代人にとって
どれ程難しいことか。


崩れたパーツの状態で
過ごしている方は多いです。

そのような方々が溢れており
正しく在るべき美しさを
見つけにくい環境の中から

本能的にでも美しいと
感じる師を見つけること

共鳴出来る美意識を持つ
師と出会えること



いつもの私であれば
奇跡と言いたい所ですが


決して奇跡ではなく
自分自身の中にある美しさと
師の持つ美しさが

共鳴し引き寄せ合った
結果なのだと思います。



自分の中にある美しさ・美意識と
師の持つ美しさ・美意識が共鳴した時


素晴らしい師を見つけることが
出来るのです。

それは師という意味だけではなく
普段どこにでもある出会いにも
同じことが言えると思います。


見つけた師の中には
必ず自分と似た部分があります。

なぜなら自分の中にあるものと
共鳴した方のもとに導かれているのだから。




師となる方を見つけてから
その方の門の扉を叩くまでに
時間はかかっても構わない。


タイミングは自分の直感が
時には周りの環境が
教えてくれ、導いてくれます。



自分の美意識を知り
直感を信じること。

自分がどのようになりたいのかを知り
なりたい自分に近い状態になっている
師を探すこと。


それが自分にとって最高の師となる方との
出会いに繋がることでしょう。

全ては自分の中にあるものとの共鳴。
自分の目指す未来との共鳴。



もちろんレッスンを受けてみて
自分の中に違和感があれば
無理に続ける必要は決してありません。

しかし、自分にとって
素晴らしい師に出会えたならば
レッスンをやめられなくなるのです。

もっと高みを目指したくなるのです。


それは師のレベルが
自分のなりたい目指すレベルとして
共鳴したということだから。



そう考えますとまだ未熟な私ですが
逆にまだまだ伸び代があるということ。


これからも
まだ見ぬ素晴らしい女神さまたちと
素晴らしい共鳴が出来るよう


私自身も目指す自分に向かって
常に自分のレベルを上げ続けられるよう


更なる高みを目指して
努力し続けなければと感じますし


実際に素晴らしい共鳴を体感し始めている今
より一層の努力をし続けたいと感じます。

camélia Ayako
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あなたの心に従ってゆきなさい。
そうすれば最後にはきっとうまくいく。
ボブ・ディラン