2017-11-28

光が当たる場所

太陽は良い人も、悪い人も
動物たちも、植物も、ありとあらゆる者たちを
関係なく平等に照らします。


その光が当たり前になった時
急に陰ると、どこかちょっと不安になります。



遠目から見たら
ほんの僅かな雲の陰りも

その下にいる人にとっては
どのくらいの陰りなのかわからない。

わからないから不安になるのです。
陰りの程度がわからないから
不安になるのです。



そのような時
陰りのある場所から少し離れた場所を見ると
光の当たる場所がとても輝いて見えます。



あくまでも、それは見え方の問題。

その状況を見る視点の問題。

見る人の心の在り方の問題。





隣の芝生は青い

私にとって、周りの方々は
いつも青々と輝く芝生だった。



でも最近、私も誰かにとっては
青い芝生に見える事もあるのだと
気付く事がありました。



その事に気付くまで
私に起こったある出来事は

激しく私を動揺させ
悩ませ、凹ませ、落ち込ませ

僅かに芽生えた自信を
完全喪失させるものでした。




光と闇は2極化の世界
少し前の私も光しか見ていなかった。

でも、光が当たる所しか見ていない人には
光が当たるために、光を見るために
闇が必要である事に気付いていません。

闇があるからこそ、陰の努力があるからこそ
光が光として輝いて見えるのです。



私の闇は見えないかもしれない。
確かに私の陰の努力は些細で微力なもの。
でも私なりに精一杯努めています。


もし私が輝いて見える事があるのなら
その分の闇が私にもあるという事。

私なりに私に迫る闇に
立ち向かってきたという事。




輝く人たちの背景には
必ず闇との闘いがある。

その苦悩、闘いの大変さは
決して誰にもわからない。


でもその人の輝きを見れば
その背景にある闇の大きさ

立ち向かわれた闇の大きさが
きっとわかる。




光が当たる場所
それは皆平等。


その隙間に陰る闇は人それぞれ。


どこまで立ち向かい
どこまで闘うか

どこまで努力し
どこまで自分の弱さと向き合うか

それは、その場所にいる人次第なのです。




卒業を目前に次から次へと
本当に沢山の試練が訪れています。

神さまからのテストは恐ろしくも
全く手加減、容赦ありません。


でもきっと乗り越えられると信じて
光が当たる場所を目指して進みたいと思います。



私に愛を持って助け支えて下さる沢山の方々へ
心からの愛と感謝を込めて
camélia Ayako
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しあわせは、いつもじぶんのこころがきめる。
相田みつを