2017-09-29

虚勢を張った人魚姫

私の脚への想い

それは例えるならば人魚姫。



私の脚は、ヒレではなかったけれど

幼少期の私の脚は
股関節亜脱臼であったため

治療具に固定され
私の脚は自由に動かせませんでした。



その幼少期に
素晴らしい主治医の先生に巡り会え
手術をし、今に至ります。



今の私を見て
私の脚が悪かったとは誰も思いません。

むしろ苦労知らずなお嬢さまだと
思われがちです。


それはそれで構わない。
むしろ私自身の苦労を見せない努力の現れ。
光栄な事です。




幼少期の私の世界は、ほぼ病院の中。
私の世界はとてもとても狭く

 手術前も歩くことは出来ましたが
運動はほぼ禁止されていました。



病院通いと内向的な性格で
動きが制限されていた私。

幼少期に友達がいた記憶はありません。




自由に行きたい場所へ行ける脚
羨ましくて仕方がなかった。



大人しくしていなければならない私は
当然部屋で過ごすことが多くなり

本が大好きで
お話の世界の中で夢の世界を
自由に行き来する子供となっていました。



大好きだったのは
おやゆび姫と眠り姫、そして人魚姫



人生を受け身で流されるままだった私
大人しくしていなければならない私
美しい脚に憧れる私


幼いながらも、そんな私の心境に近いお話に
共鳴していた気がします。



手術をして治った私ですが
主治医の先生の計らいで

私の手術跡は知っていてよく見ないと
見事にわからないように
脚の付け根ラインに沿っています。



今考えれば女の子だからと
色々と配慮してくださいました

主治医の先生の美意識、心配りに
感謝してもしきれない程です。




それなのに、当時の私は幼心にも
自分は傷物だと思っていた。

傷は誰に見えている訳でもないけれど
醜い存在だと思っていた。



それまでに弱った筋肉は
簡単に強くはなりません。

傷物だと思い込んだ私の心の壁も
とても厚いものとなっていきました。

私の傷は隠さなくてはならない。
そう思って生きていました。



今まで動けなかったので
動かないなりの楽しみ方を知っており

どんどん運動とは無縁の少女期を
過ごすようになっていました。


走るのは勿論、私は歩くことも
本当に恐ろしく遅い女の子でした。

友達と一緒に歩くと、息切れしてしまうくらい
私には筋肉がなかったのです。



高校生の時、母にお願いして
自分のハイヒールを買って貰いました。

ハイヒールはとても美しくて素敵で
歩くのが遅くても、足元を気にして歩いても
歩き方が少しおかしくても、何も思われない。


私にとってハイヒールは色々な意味で
とても魅力的な靴でした。




社会人になってからも
基本はずっとハイヒール。

ハイヒールは歩くことが遅い私にとって
カモフラージュアイテムでもあったのです。



しかし社会人になって出張が増えてくると
歩くスピードが遅い事は致命傷でした。

でも、ハイヒールの美しさを知った私は
フラットシューズなど履きたくなかった。



まさに気力と根性で
同行者の先輩方についていく。


周りの方の動きを見て、行先を見て
一番最短距離で必死に歩く。


荷物は必要最低最小限にし
自分への負担を極限まで減らし

そして私なりのお洒落は欠かさない。


私なりに、とても頭を使って
周りの人に合わせて歩いてきました。



私Styleを模索して
私は私なりに傷物の私を隠し

ハンデをカモフラージュする事も目的として
私のStyleを確立してきたのです。



太いベルトは弱い腹筋を補助するため。

スカートがメインで
ファッションに気を使うのは

歩くスピードがどんなに遅くても
お上品な人だからと魅せるため。



私は自由に歩ける脚を手に入れたはずなのに
まだどこか自由に歩ける脚に憧れる
虚勢を張った人魚姫だったのです。


続きは明日綴ります。


愛と感謝を込めて
camélia Ayako

千葉 ハイヒール camélia Ayako

「運動しない」ことは
「憂うつになる薬を服用している」のと同じようなもの