2017-09-11

私の ” いのち ” への執念

私は、本当はこの世に存在しない
人間だったかもしれません。


それは愛が無かった訳ではなく
望まれなかった訳でもなく

私がお腹にいた
母の状態が悪かったのです。



今はだいぶと落ち着いていますが
私の家庭はみにくいアヒルの子
綴ったように若干複雑でした。



実家は農家。

大雨、大嵐でもない限り
田畑に出るのは当たり前。



結婚するまでは、自転車も乗れない
車もペーパードライバーだった母

それでも、私がお腹にいた時でさえも
トラクターなどに乗らされていたそうです。



そのせいか私自身は
意外とトラクターなどの機械に乗ることは
嫌いではなく、むしろ好きな方です。


トラクターなどの機械は
柔らかい土の上を走るため安定せず
振動がダイレクトに身体に響きます。

通常でもかなりの力を使いますが
雨上がりや水を入れた田んぼの中は
ハンドルをきるのに相当な力がかかります。

しかも平らな道ではないので
横転しないよう乗り手は
バランスを取って運転しなければなりません。



お嬢さまだった母からしたら
このような作業に挑戦するだけでも
それは大きな覚悟の上だった事でしょう。

私はその振動と母のストレスで
どうやら流れかけた”命”だったようです。



だいぶと後になってから
持病が発覚した時に聞かされました。

Ayakoの身体が弱いのは
そのせいかもしれない。

でもAyakoの生命力は
人並み以上に強いのよ。


全く驚きませんでした。
むしろ教えて貰えて良かったと思いました。


きっと絶対に私はその時のタイミングで
母のもとに産まれたかったのだと思うから。



お腹にいた時の事なんて
正直全く覚えていませんが

話しを聞いた時も、今でも
やっぱり同じことを思います。


私は 絶対に産まれてみせる  と思ったはず。


ある意味、母とともにお腹の私は
私なりに私の ” 生命 ” への執念を持って
闘っていたと思うのです。



私の身体が弱いのは
誰のせいでもありません。

でも、私の生命力が強くなったのは
家族のおかげだと思います。



今では何だかんだと言いながら
五体満足、元気に過ごしております。

わざわざ言わなければ
誰にもわからない。


私は私の意志で自由に歩くことが出来
自由に人生をも歩める身体を頂きました。

しかも私は五体満足
何の不自由もない身体に産まれた人よりも
恐らく自分の人生を命一杯楽しんでいるのです。



この世に存在していなかったかもしれない私。

そう思ったら、せっかく頂いたチャンス
掴んだ命を輝かせることをしなくては。



誰か1人でも良いのです。
誰かの一瞬でも構わないのです。

私のこの ” 生命 ” が在って良かったと思って貰える
そんな生き方がしたいと思うのです。

更に欲張って叶うならば
美しく在る生き方がしたいと思うのです。



今それらの想いは
実際に少しずつであっても
ぼんやりと形になろうとしている。

私はそのチャンスすら掴み始めている。



だから些細なことであっても
誰かのお役に立つかもしれないのならば

更に美しく在ることが出来るならば
こんなに素晴らしい
” いのち ” の輝かせ方があるでしょうか。


私の ” いのち ” への執念は
産まれる前からのもの。

だから私に出来る事は出来る限り
頑張りたいと思うのだと感じるのです。




来月は毎年恒例の稲刈り。

家族揃って出来るのは
あと何回ある事でしょう。


いつも好き勝手な私を尊重し
見守り続けてくれている両親へ

心からの愛と感謝を込めて
camélia Ayako
千葉 ハイヒール camélia Ayako
あなたの人生をかわりに
生きてくれる人はいないわ
ドリー・パートン


















今回の記事は課題の1つのため
いつもとは違う時間にUPとなっています。

片手には私にとってのChampagne
音楽を流し、キャンドルを燈して

リラックスした時に降りてきた事を
生のエネルギーを綴りUPすること。


まさかこのような内容になるとは
思っていなかったので

綴りながら沢山の想いと感謝が溢れ出て
1人涙してしまいました。


caméliaに訪れ
ここまで読んで下さいました皆さま
本当にありがとうございます。

愛と感謝を込めて
camélia Ayako