2018-10-31

かさぶたが剥がれる時

怪我をして傷付くと
身体にはかさぶたが出来ます。

それは身体を守りながら
新しい自分の一部が補修工事されているよう。




心は見えませんが心が傷付いても
多分かさぶたが出来ていると思います。


心の傷を乗り越えて痛みが消えた時
きっとその時が、かさぶたが剥がれた時

一皮剥けた時なのではないかと感じます。





古傷が痛むと言われるように
心身治ってもズキンと痛む出来事があります。


それは大きな傷であればある程
感じる出来事や機会は多いようで
ちょっと慣れて忘れた頃にやってくる。



でも、それは傷付いて乗り越えて
更に乗り越えきれたかを再考する時

もう大丈夫だと自信を持てる時でも
あるように感じています。





まだ傷が痛むなら
自らえぐり返す必要はなく

自分を信じて
そっと治る時を待つ。




全ては私たちの持つ
自己治癒力という素晴らしい機能の働き。


自分の身体が持つ自己治癒力を信じ
我慢しながらも治りを待つ事が
1番早く綺麗に傷が治ると思う。




傷の種類はいくつもありますが
治る行程はきっと同じ。

傷付いて、かさぶたが出来て
かさぶたが剥がれたら

きっと傷付く前より
少し強くなった自分がいます。





ハイヒールでも美しく歩く為に必要な
ストレッチには自己治癒力を高める動きが
沢山詰まっています。


傷があっても無くても
自己治癒力を高める事は

小さな傷や傷付く事から
事前に自分を守ってくれる盾となる。




ちょっとの事では傷付かないように
傷が綺麗に治る為にも

自己治癒力を高め
自分を守る力を高める事も

美しく在り続ける為に必要で
大切な事だと感じています。




私は今まさに
私のかさぶたが綺麗に剥がれる時を
歯がゆくもじっと耐えながら待っています。




愛と感謝を込めて
camélia Ayako

大阪 ハイヒール camélia Ayako
もう一押しこそ慎重になれ。
武田信玄













2018-10-30

未熟を我慢する

未熟

私が私自身によく使う言葉です。


様々な事に対して
まだまだ一人前とは言い難い状態。





私が自分を未熟と感じる時は
出来ない自分を激しく痛感している時



手も足も出ない事案から
何となくわかるのに上手く説明出来ない事案まで

とにかく自分の力だけでは
上手く解決出来ない事案が発生した時



そんな自分が悔しくて、もどかしくて
1人憤りを感じ、1人歯痒い思いで

何とか 解決ようと試行錯誤し
奮闘ながら我が身の未熟さを痛感するのです。







未熟を我慢する

未熟であるからこそ
未熟だと感じるからこそ

出来るように工夫し努力する行動に繋がる。




ある寿司職人さんの記事で
インタビューされていた職人さんの言葉。

少し記憶違いがあるかもしれませんが
今の私にとって心強く響いた言葉でした。






未熟を我慢する


誰もが始めは素人で
レベル差だってきっとある。

上手くいかない事、悔しい事も
沢山出てきます。



きっとそれが未熟を我慢する時




勝手に一人前になったと
奢り高ぶるのではなく

まだまだ未熟である自覚を持って
一人前になろうと諦めずに挑戦し続ける事

更に高みを目指そうと
謙虚に学び続ける事




未熟さを我慢し、感じた分だけ
沢山の気持ちを経験した分だけ

人の心がわかる人になれるはず。




まだまだ一人前には道半ば。

いえ、私は謙遜でも何でもなく
まだ一人前への道に一歩進めたかどうか。



はっきり分かる事は
私は今、まさに未熟を我慢する時なのです。





愛と感謝を込めて
camélia Ayako

大阪 ハイヒール camélia Ayako
暗闇を恐れる子供を許すのはたやすい。
人生の真の悲劇は、光明を恐れる大人である。
プラトン














2018-10-29

逆転しない正義を持って

昨日のblogの続きになりますが
まだしつこく正義について考えています。



そこで行き着いたものは
アンパンマンでした。

アンパンマンは自己犠牲の上に
本当に困っている人たちを助けるヒーロー




作者の やなせたかし さんの言葉で
とても響いたものがありました。

正義のための闘いなんて どこにもないのだ
正義は ある日 突然反転する


逆転しない正義は 献身と愛だ

目の前で餓死しそうな人がいるとすれば
その人に 一片のパンをあたえること





逆転しない正義は 献身と愛




合わせて作詞された
アンパンマンのマーチの歌詞も
とっても考えさせられるものです。

東日本大震災の被災地で
一番多く流れた曲と言われています。



アンパンマンのマーチ


そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも


何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!

今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ微笑んで。


そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも。

嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為


何が君の幸せ 何をして喜ぶ
解らないまま終わる そんなのは嫌だ!

忘れないで夢を 零さないで涙
だから君は飛ぶんだ何処までも


そうだ!恐れないでみんなの為に
愛と勇気だけが友達さ

嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為


時は早く過ぎる 光る星は消える
だから君は行くんだ微笑んで


そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえどんな敵が相手でも

嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為



どのフレーズもとても心に響きますが

”たとえ胸の傷が痛んでも”は
今の私にはとても染み入るフレーズでした。



”愛と勇気だけが友達さ” というフレーズも
これから闘うとなった時に「君も一緒」に何て言わず

最後は1人の覚悟が無ければならない
という意味があるのだそうです。





アンパンマンには
仲間が自らアンパンマンを助ける事はあっても

アンパンマン自身が何もせずに
助けを呼ぶ事はありません。




愛と勇気と最後は1人だという覚悟を持って
アンパンマンは人のために闘っている。



まさに献身と愛の形

それは普遍的な正義の形




傷つく事は誰にだってある。

物理的にであっても
精神的にであっても

たとえ胸の傷が痛んでも


愛と勇気と最後は1人だという覚悟を持って
せめて自分の周りの方々に献身と愛を持って

最期まで強く美しく生きる女性で在りたいと
また1つ無謀な目標が出来ました。





愛と感謝を込めて
camélia Ayako

大阪 ハイヒール camélia Ayako
ほんとうの正義というものは、
けっしてかっこうのいいものではないし、
そしてそのためにかならず自分も深く傷つくものです
やなせたかし

























~お知らせ~

本日camélia Ayakoのもう一つの世界を
UP致しております。

こちらにも遊びに訪れて頂けると
嬉しく存じます。

愛と感謝を込めて
camélia Ayako

2018-10-28

正義とは何でしょうか



5人で寄って集って攻撃してくるなんて
お前たちの方がよっぽど卑怯じゃないか!




悪と戦う◯◯レンジャー5人に対し
1人で戦う悪者さんの放ったらしいセリフ


戦隊ものマニアな先輩から伺った
昔に衝撃を受けたセリフだそうです。




それまでは悪をやっつける事が正義だった。

でも1人の敵を何人もでやっつける事に
初めて疑問を抱いた衝撃的なセリフだったそう。




見方を変えればイジメにも繋がり兼ねない
何とも言えない正義でもあるなと感じました。


そして、悪者さんと戦うために
周りの建物を破壊する事が
果たして本当に正義なのでしょうか。

その闘いに巻き込まれて
命を落としている方もいる事でしょう。



あくまでもお話の世界ではあるのですが
現実的に改めて真面目に考えれば考える程に
不思議な事が続出です。


今までこの分野はさっぱりわからない事もあり
全く疑問も何も思ったことはありませんでしたが

正義の在り方は
こんなもので良いのだろうかと感じます。





先輩はそれからずっと戦隊モノを
マニア的に研究しながら観ているようですが

後にも先にもこのセリフは
1回しか聞いた事がないそう。



おそらくオトナの都合なのだろうかとどこか感じながら
私も伺って改めてそうだなと感じました。






ハイヒールに対しても
様々な権威の方が自分たちの正義を持って

ハイヒールは身体に悪いと仰っている事を
よく見聞き致します。




だからでしょうか

ハイヒールは身体に悪いと
さもそれが正しい事のように仰る方が殆どです。




痛みがあれば自分の姿勢はさておき
自らの行動は二の次にして

ハイヒールのせいにする。


本当にそれが正しい事なのでしょうか。




自分がわからない原因不明さを
それらしくすり替えた結果のようにも感じます。



巷でハイヒールが悪いと聞いた。
だからきっとハイヒールのせいだろう。

そんな考えはちょっとした責任転嫁のような
気がするのは私だけでしょうか。



私は私の正義と信念を持って
ハイヒールは美しく身体を整え
身体の不調を教えてくれるものだと知っている。

ハイヒールの恩恵を受けた身としては
辛い社会の風潮です。





それぞれ立場や見方を変えれば
それぞれに正義はあります。

自分から見て悪者に見えたとしても
皆さま確かにそれなりの正義を持たれています。



価値観の違いと言ってしまえばそれまでの事。





ただ愛する美しいハイヒールが
社会から身体に悪いと
寄って集って責められる事。


それが戦隊モノの悪者さんの放った言葉に
少し重なって共感してしまったのです。





正義を見る目

正義を考え選ぶ力



正解がないからこそ
自分の信じる正義を

どのような考え方を持って選ぶかが
大切な事のように感じます。





愛と感謝を込めて
camélia Ayako
大阪 ハイヒール camélia Ayako
貴方の考えが積極的で、建設的で愛に満ちていれば
正しい結論は必然的に得られます。
マーフィー


















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愛と感謝を込めて
camélia Ayako

2018-10-27

空を仰ぐ

夏の猛暑はどこへやら
空はもうすっかり秋です。



大阪に戻るまで
空を見上げ、空を仰ぐ事が好きでした。

何も邪魔するもののない
広い空を仰ぐ事が好きでした。





広い大地と広い空
その中にたった1人の私がいる。



私は今この大地と空の
地球の一部なのだと感じながら

おそらく自然から
多大なエネルギーを頂いていた。



出来なくなってから
改めて感じる事。


私にとって大切だった事。


空を仰ぎ
エネルギーを感じる事。





今ではビルの隙間から覗く空を
伺う事の方が増えました。

電車の車窓からふと見える空
部屋から見える空




でも私に必要な事は
何もない所で大地と空を感じる事。

その中で自分を感じる事。




気付いたら早速に
私にとって大切な場所を

遠慮なく空を仰げる場所を
エネルギーを感じられる場所を


秋風と共に探しに行こうと思います。




膝のリハビリも兼ねて
美しいハイヒールと共に少しずつ。





愛と感謝を込めて
camélia Ayako

大阪 ハイヒール camélia Ayako
考えてばかりいると、日がくれちゃうよ 
相田みつを
















2018-10-26

エスコートは遠慮なく

階段、電車、バスの中

私は基本どこでも手すりを持つ方です。



持つと言っても
手を添える程度ではありますが

階段、電車、バスの中
エスカレーターも

公共の場所で手すりがある場所では
必ず手すりを持ちます。





基本ハイヒールでは自立して立ち
自立して歩いています。

自立出来なければ歩けないので
当然ですが

レッスンでは壁のエスコートを
受ける事もしばしばです。




乗り物の中や階段で上下の意識が加わる時
いつ揺れてバランスを崩すかわかりません。

階段でどなたと接触してしまうとも限りません。



万一バランスを崩してしまった時の為に
私は必ず手すりを持つのです。





揺れに対応出来ないから。

崩したバランスを立て直せないから。


未熟な理由ですが
これが大きな理由の一つです。





そして万一バランスを崩してしまった時の
自分の無様さ、美しく無さを見せない為


いつ如何なる時も美しく在り続けるための
私にとって意識を入れる行動であり


万一周りの方を傷つけないため
かつ転倒などから身を守る為の事前準備のようなもの。





自立していても
エスコートなど不要でも

私はエスコートしてくれる人がいれば
遠慮なくエスコートを受ける。



それは男性の腕であっても
手すりでも

私にとっては同じ事。





公共の場所で
私をエスコートする手すりがあれば

私は遠慮なく率先して
手すりのエスコートを受けます。



今まで綴った事だけではなく
本当にエスコートされるべき時に

自分の手が、指先までもが
どのように在れば美しいのか

美しく在り続ける意識を入れるため
私なりの一つのレッスン。




手すりを持ちながら姿勢を正し
エスコートされているイメージをする。

それだけで急に優雅な人に
なった気分がするのです。



その気分が
また私の所作を優雅にさせる。



だから私は手すりを持ち
いつでも何処でも遠慮なく
沢山のエスコートを受けています。






愛と感謝を込めて
camélia Ayako

大阪 ハイヒール camélia Ayako
運命は神の考えることだ。
人間は人間らしく働ければそれで結構だ。
夏目漱石



















2018-10-25

自分を研究する

元々私は研究職を希望していました。


どちらかと言えば内向的で
一人っ子で1人作業が嫌いでない私には

黙々と1つの目標に向かって
研究作業する事が向いていると感じたからです。




人見知りも激しく
初めての方や数回程度の方とお話する時は

未だにかなりの緊張と
気が張る状態です。





でもだからと言って
最初から自分に向いていないと決めつける事

それは少し間違っていたかもしれません。




結果、研究までいかなくても
専門職に就きました。


それから営業や開発にも関わり
最初は致し方なく渉外的役割も担いながら
様々なお仕事に関わらせて頂いてきました。





最初は何故自分が異動に選ばれたのか
納得いかなかった。

戦力外通告のようで悲しかった。





でも私は思っている以上に
人が好きだったのです。


自分の中での当たり前の知識が
沢山の方にとって喜ばれる事を知り

素直に嬉しくて
とてもやりがいを感じました。



今では仕事の繋がりを理解し
前後の工程を考え見据えながら
行動出来るようになってきました。




今なら会社の判断は
ある意味私の成長を促してくれたと
そう思えるのです。

人生に無駄な事なんてない。
そう思えるのです。





ハイヒールと向き合う時も
小さくも沢山の発見があります。

憧れながらも無理だと思っていた
Christian Louboutinのハイヒール

今は紛れもなく私の日常の一部。
当たり前にあるハイヒールとなっています。




内省する度に
まだまだ知らない自分を沢山発見する。

自分軸と美しさを
自分なりに考え模索し続ける毎日




見たくない自分との闘い

自分を卑下してしまったり
上手くいかなくて行き詰まりそうな中での葛藤



全ては自分自身の研究と思えば
途端に辛い事も俄然やる気が湧いてきて
考察し続ける日々です。




研究なんて最初から上手くいかなくて当たり前

上手くいく方法を地道にコツコツと探し当てる事
一筋の光が見えたら急に楽しくなってくる。



悩みは尽きませんが
まだまだ私の自分研究は続きます。





愛と感謝を込めて
camélia Ayako

大阪 ハイヒール camélia Ayako
人間は不完全なもの。
ボディを気にするより、
内側の質に意識を集中させることが大切。
ビヨンセ