痩せすぎのモデルさん達が
今問題になっています。
健康的な細さは美しいと思いますが
度を超えると全く美しく見えません。
体型が気になるのは静止写真
所作、歩き方が気になるのは動画。
レッスンを受け始めてから
いくつかのショーを見てみると
モデルの方も、纏うものも
時と場合によりますが
不思議とファッション全体が
残念に見えてしまう事があります。
本来お互いの美しさを引き立て合うはずの
モデルとファッション
美しい加減
美しさのボーダーラインがわからない人たちが
増えてしまったという事なのか
そこまでの細さが
ファッションに求められていたのか
今の健康的な美しさへの動きには
心から賛同致します。
私も20代の頃は
単純に痩せたいと思っていました。
でも最近ようやく気付いた事。
問題は見た目の
太さ・細さではないのです。
いくら細くても、骨と皮の状態は
美しいどころか、むしろ怖いです。
適度な脂肪、美しい筋肉があって
初めて美しいと感じます。
そこに動きの表現が入って
1つの美しい作品が輝く
それがファッションの醍醐味だと
感じています。
私自身、今では細さよりも
バランスの取れた引き締まった身体
女性らしい柔らかさのある脂肪
適切な場所に鍛えられた弾力のある筋肉
それらを纏う張りのある皮膚・お肌
これらの融合
女性としてしか表現出来ない
sexyな身体になりたいと思うのです。
それこそがまさに「生きる芸術品」
と呼ぶに相応しいのではないでしょうか。
美しい身体の価値観は人それぞれ。
どのような体型であったとしても
健康的で活き活きしている人
何かに一生懸命取り組んで
ハツラツとしている人
瞳がキラキラと輝いている人
生命力を感じさせる人は
表情だけではなく
健康的で適度に引き締まり
エネルギーが溢れて
魅力的な身体をされている方が
多いと思います。
それは太い・細いでは
推し測れないもの。
誰にでも
きっとコンプレックスはあるでしょう。
しかしコンプレックスと同じく
誰にでも必ず美しい部分は沢山ある。
まだ自分自身で見えていない
見つけられていない美しい部分は
沢山あると思います。
私はまだ発展途上中ではありますが
ハイヒールを履いて美しく歩くことを
意識し続けているだけで
目指す美しい身体に
少し近づいてきている気がしています。
ハイヒールを履いて美しく歩くこと
それは誰にでも出来るスポーツ
まさに美しい身体を作り
維持向上し続けるための
美しい筋トレだと改めて感じます。
camélia Ayako
~お知らせ~
本日camélia Ayako のもう一つの世界を
UP致しております。
フォロー頂けると
更新とともに皆さまのお手元に
自動で届くようになるそうですので
blogの更新も合わせて
手間なくご覧頂けるようです。
よろしければ是非ご活用下さいませ。
愛と感謝を込めて
Camellia Ayako
2017-09-13
2017-09-12
全ては見た目に現れている
2017-09-11
優しい気遣い
マナー
行儀・作法
正直、私はそこまでマナーに自信はありません。
幼少期から学生時代まで
両親からある程度の作法は躾られてきました。
お食事の作法は
お箸の持ち方から始まりますが
テーブルマナーは
家庭ではなかなか経験出来ないものです。
このため我が家の外食スタイルは
たまのたまに、ホテルにお食事に行く
という少々見栄っ張りな
でも大切な時にマナーがわからず
恥ずかしい思いをしないようにとの
両親の配慮からでした。
学校の授業でも、お茶・お華の授業があり
箏曲と日本舞踊からも礼儀作法
マナーの基礎の基礎を習いました。
しかし1番の学びとなり
今でも活用している経験は
大学時代アルバイトでお世話になった
ホテルの宴会場でのウェイトレス。
様々なホテルで接客させて頂きました。
それなりのネームバリュー
また行きたいと思うサービスを
提供されているホテルは
働く側としても
また行きたいと思う雰囲気がありました。
テーブルクロス、ナプキン
ソルト・ペッパーを始め
フォーク・ナイフ・グラスの
テーブルセッティング
お料理、コースの流れ
宴会の段取り、タイミング
バックでどのような事が行なわれており
どのように合間で次の準備を行うのか
接客側としてお客さまの何を見て
どのようにサービスを行うか
その他色々とありますが
この時の経験は様々な場面で
サービスを受ける側としても活かされています。
この時に私自身が
サービスをさせて頂いてきたお客さまたちから
教科書では学ぶことの出来ない
本質的なマナーを学んだ気がします。
型通りのテーブルマナーが完璧であること。
それは全く問題ではありません。
宴会というお食事会は
マナー披露の場ではありませんので
ある程度のマナーで大丈夫なのです。
私が見てきた中で美しいと感じ
特に気を配って接客させて頂いたお客さまたちは
ご一緒するテーブルの方々が
気分良くいられる配慮
ゆっくり丁寧な所作の方がほとんどでした。
そして基本ご自身のテーブルから
動き回られたりは致しません。
宴会の趣旨によっては
未だにお酌等の文化がありますので
致し方ない部分はありますが
私も基本絶対動かない
お尻が重い女だと言われる程、動きません。
お料理やお皿を運ぶ側からすると
お客さまにあまり動かれると
ぶつかってしまってお料理をこぼしたり
お客さまのお召し物を汚してしまったり
もしくは怪我をさせてしまったりと
危険なのです。
お互いのために私は動かず
ウェイターやウェイトレスの方に
お願いするようにしています。
必ず見て下さる方がいますし
そちらの方が
格段にスマートな振る舞いに見えるのです。
基本ホテルの宴会では
皆さまドレスアップされていますが
美しく着飾っただけでは
醸し出されない雰囲気があります。
今思えば、それはその方の
日々の所作への意識
周りへの優しい気遣いの積み重ねが
ドレスアップとともに
輝きを放っていたのだと感じています。
マナー、行儀作法
難しく考えがちですが
単純にお相手の方や周りの方々が
気分良くいられるようにという配慮
優しい気遣いのことだと思います。
ハイヒールで美しく歩くことも
周りへの優しい気遣い、マナーの1つ。
ドレスアップする特別な時に慌てぬよう
毎日が特別な日のように行動する事
それが咄嗟の行動に繋がり
一瞬の美しい所作を魅せることに
繋がるのではないかと思います。
「女神さまたちの宴」を目前に
私の型破りなマナーが
現れてしまうかもしれない言い訳とともに
美しい女神さまたちから
更に美しい所作までをも学ばせて頂こうと
今から楽しみにしております。
camélia Ayako
行儀・作法
正直、私はそこまでマナーに自信はありません。
幼少期から学生時代まで
両親からある程度の作法は躾られてきました。
お食事の作法は
お箸の持ち方から始まりますが
テーブルマナーは
家庭ではなかなか経験出来ないものです。
このため我が家の外食スタイルは
たまのたまに、ホテルにお食事に行く
という少々見栄っ張りな
でも大切な時にマナーがわからず
恥ずかしい思いをしないようにとの
両親の配慮からでした。
学校の授業でも、お茶・お華の授業があり
箏曲と日本舞踊からも礼儀作法
マナーの基礎の基礎を習いました。
しかし1番の学びとなり
今でも活用している経験は
大学時代アルバイトでお世話になった
ホテルの宴会場でのウェイトレス。
様々なホテルで接客させて頂きました。
それなりのネームバリュー
また行きたいと思うサービスを
提供されているホテルは
働く側としても
また行きたいと思う雰囲気がありました。
テーブルクロス、ナプキン
ソルト・ペッパーを始め
フォーク・ナイフ・グラスの
テーブルセッティング
お料理、コースの流れ
宴会の段取り、タイミング
バックでどのような事が行なわれており
どのように合間で次の準備を行うのか
接客側としてお客さまの何を見て
どのようにサービスを行うか
その他色々とありますが
この時の経験は様々な場面で
サービスを受ける側としても活かされています。
この時に私自身が
サービスをさせて頂いてきたお客さまたちから
教科書では学ぶことの出来ない
本質的なマナーを学んだ気がします。
型通りのテーブルマナーが完璧であること。
それは全く問題ではありません。
宴会というお食事会は
マナー披露の場ではありませんので
ある程度のマナーで大丈夫なのです。
私が見てきた中で美しいと感じ
特に気を配って接客させて頂いたお客さまたちは
ご一緒するテーブルの方々が
気分良くいられる配慮
ゆっくり丁寧な所作の方がほとんどでした。
そして基本ご自身のテーブルから
動き回られたりは致しません。
宴会の趣旨によっては
未だにお酌等の文化がありますので
致し方ない部分はありますが
私も基本絶対動かない
お尻が重い女だと言われる程、動きません。
お料理やお皿を運ぶ側からすると
お客さまにあまり動かれると
ぶつかってしまってお料理をこぼしたり
お客さまのお召し物を汚してしまったり
もしくは怪我をさせてしまったりと
危険なのです。
お互いのために私は動かず
ウェイターやウェイトレスの方に
お願いするようにしています。
必ず見て下さる方がいますし
そちらの方が
格段にスマートな振る舞いに見えるのです。
基本ホテルの宴会では
皆さまドレスアップされていますが
美しく着飾っただけでは
醸し出されない雰囲気があります。
今思えば、それはその方の
日々の所作への意識
周りへの優しい気遣いの積み重ねが
ドレスアップとともに
輝きを放っていたのだと感じています。
マナー、行儀作法
難しく考えがちですが
単純にお相手の方や周りの方々が
気分良くいられるようにという配慮
優しい気遣いのことだと思います。
ハイヒールで美しく歩くことも
周りへの優しい気遣い、マナーの1つ。
ドレスアップする特別な時に慌てぬよう
毎日が特別な日のように行動する事
それが咄嗟の行動に繋がり
一瞬の美しい所作を魅せることに
繋がるのではないかと思います。
「女神さまたちの宴」を目前に
私の型破りなマナーが
現れてしまうかもしれない言い訳とともに
美しい女神さまたちから
更に美しい所作までをも学ばせて頂こうと
今から楽しみにしております。
camélia Ayako
![]() |
| 特別なことをするために 特別なことをするのではない、 特別なことをするために 普段どおりの当たり前のことをする。 イチロー |
私の ” いのち ” への執念
私は、本当はこの世に存在しない
人間だったかもしれません。
それは愛が無かった訳ではなく
望まれなかった訳でもなく
私がお腹にいた
母の状態が悪かったのです。
今はだいぶと落ち着いていますが
私の家庭はみにくいアヒルの子で
綴ったように若干複雑でした。
実家は農家。
大雨、大嵐でもない限り
田畑に出るのは当たり前。
結婚するまでは、自転車も乗れない
車もペーパードライバーだった母
それでも、私がお腹にいた時でさえも
トラクターなどに乗らされていたそうです。
そのせいか私自身は
意外とトラクターなどの機械に乗ることは
嫌いではなく、むしろ好きな方です。
トラクターなどの機械は
柔らかい土の上を走るため安定せず
振動がダイレクトに身体に響きます。
通常でもかなりの力を使いますが
雨上がりや水を入れた田んぼの中は
ハンドルをきるのに相当な力がかかります。
しかも平らな道ではないので
横転しないよう乗り手は
バランスを取って運転しなければなりません。
お嬢さまだった母からしたら
このような作業に挑戦するだけでも
それは大きな覚悟の上だった事でしょう。
私はその振動と母のストレスで
どうやら流れかけた”命”だったようです。
だいぶと後になってから
持病が発覚した時に聞かされました。
Ayakoの身体が弱いのは
そのせいかもしれない。
でもAyakoの生命力は
人並み以上に強いのよ。
全く驚きませんでした。
むしろ教えて貰えて良かったと思いました。
きっと絶対に私はその時のタイミングで
母のもとに産まれたかったのだと思うから。
お腹にいた時の事なんて
正直全く覚えていませんが
話しを聞いた時も、今でも
やっぱり同じことを思います。
私は 絶対に産まれてみせる と思ったはず。
ある意味、母とともにお腹の私は
私なりに私の ” 生命 ” への執念を持って
闘っていたと思うのです。
私の身体が弱いのは
誰のせいでもありません。
でも、私の生命力が強くなったのは
家族のおかげだと思います。
今では何だかんだと言いながら
五体満足、元気に過ごしております。
わざわざ言わなければ
誰にもわからない。
私は私の意志で自由に歩くことが出来
自由に人生をも歩める身体を頂きました。
しかも私は五体満足
何の不自由もない身体に産まれた人よりも
恐らく自分の人生を命一杯楽しんでいるのです。
この世に存在していなかったかもしれない私。
そう思ったら、せっかく頂いたチャンス
掴んだ命を輝かせることをしなくては。
誰か1人でも良いのです。
誰かの一瞬でも構わないのです。
私のこの ” 生命 ” が在って良かったと思って貰える
そんな生き方がしたいと思うのです。
更に欲張って叶うならば
美しく在る生き方がしたいと思うのです。
今それらの想いは
実際に少しずつであっても
ぼんやりと形になろうとしている。
私はそのチャンスすら掴み始めている。
だから些細なことであっても
誰かのお役に立つかもしれないのならば
更に美しく在ることが出来るならば
こんなに素晴らしい
” いのち ” の輝かせ方があるでしょうか。
私の ” いのち ” への執念は
産まれる前からのもの。
だから私に出来る事は出来る限り
頑張りたいと思うのだと感じるのです。
来月は毎年恒例の稲刈り。
家族揃って出来るのは
あと何回ある事でしょう。
いつも好き勝手な私を尊重し
見守り続けてくれている両親へ
心からの愛と感謝を込めて
camélia Ayako
今回の記事は課題の1つのため
いつもとは違う時間にUPとなっています。
片手には私にとってのChampagne
音楽を流し、キャンドルを燈して
リラックスした時に降りてきた事を
生のエネルギーを綴りUPすること。
まさかこのような内容になるとは
思っていなかったので
綴りながら沢山の想いと感謝が溢れ出て
1人涙してしまいました。
caméliaに訪れ
ここまで読んで下さいました皆さま
本当にありがとうございます。
愛と感謝を込めて
camélia Ayako
人間だったかもしれません。
それは愛が無かった訳ではなく
望まれなかった訳でもなく
私がお腹にいた
母の状態が悪かったのです。
今はだいぶと落ち着いていますが
私の家庭はみにくいアヒルの子で
綴ったように若干複雑でした。
実家は農家。
大雨、大嵐でもない限り
田畑に出るのは当たり前。
結婚するまでは、自転車も乗れない
車もペーパードライバーだった母
それでも、私がお腹にいた時でさえも
トラクターなどに乗らされていたそうです。
そのせいか私自身は
意外とトラクターなどの機械に乗ることは
嫌いではなく、むしろ好きな方です。
トラクターなどの機械は
柔らかい土の上を走るため安定せず
振動がダイレクトに身体に響きます。
通常でもかなりの力を使いますが
雨上がりや水を入れた田んぼの中は
ハンドルをきるのに相当な力がかかります。
しかも平らな道ではないので
横転しないよう乗り手は
バランスを取って運転しなければなりません。
お嬢さまだった母からしたら
このような作業に挑戦するだけでも
それは大きな覚悟の上だった事でしょう。
私はその振動と母のストレスで
どうやら流れかけた”命”だったようです。
だいぶと後になってから
持病が発覚した時に聞かされました。
Ayakoの身体が弱いのは
そのせいかもしれない。
でもAyakoの生命力は
人並み以上に強いのよ。
全く驚きませんでした。
むしろ教えて貰えて良かったと思いました。
きっと絶対に私はその時のタイミングで
母のもとに産まれたかったのだと思うから。
お腹にいた時の事なんて
正直全く覚えていませんが
話しを聞いた時も、今でも
やっぱり同じことを思います。
私は 絶対に産まれてみせる と思ったはず。
ある意味、母とともにお腹の私は
私なりに私の ” 生命 ” への執念を持って
闘っていたと思うのです。
私の身体が弱いのは
誰のせいでもありません。
でも、私の生命力が強くなったのは
家族のおかげだと思います。
今では何だかんだと言いながら
五体満足、元気に過ごしております。
わざわざ言わなければ
誰にもわからない。
私は私の意志で自由に歩くことが出来
自由に人生をも歩める身体を頂きました。
しかも私は五体満足
何の不自由もない身体に産まれた人よりも
恐らく自分の人生を命一杯楽しんでいるのです。
この世に存在していなかったかもしれない私。
そう思ったら、せっかく頂いたチャンス
掴んだ命を輝かせることをしなくては。
誰か1人でも良いのです。
誰かの一瞬でも構わないのです。
私のこの ” 生命 ” が在って良かったと思って貰える
そんな生き方がしたいと思うのです。
更に欲張って叶うならば
美しく在る生き方がしたいと思うのです。
今それらの想いは
実際に少しずつであっても
ぼんやりと形になろうとしている。
私はそのチャンスすら掴み始めている。
だから些細なことであっても
誰かのお役に立つかもしれないのならば
更に美しく在ることが出来るならば
こんなに素晴らしい
” いのち ” の輝かせ方があるでしょうか。
私の ” いのち ” への執念は
産まれる前からのもの。
だから私に出来る事は出来る限り
頑張りたいと思うのだと感じるのです。
来月は毎年恒例の稲刈り。
家族揃って出来るのは
あと何回ある事でしょう。
いつも好き勝手な私を尊重し
見守り続けてくれている両親へ
心からの愛と感謝を込めて
camélia Ayako
![]() |
| あなたの人生をかわりに 生きてくれる人はいないわ ドリー・パートン |
今回の記事は課題の1つのため
いつもとは違う時間にUPとなっています。
片手には私にとってのChampagne
音楽を流し、キャンドルを燈して
リラックスした時に降りてきた事を
生のエネルギーを綴りUPすること。
まさかこのような内容になるとは
思っていなかったので
綴りながら沢山の想いと感謝が溢れ出て
1人涙してしまいました。
caméliaに訪れ
ここまで読んで下さいました皆さま
本当にありがとうございます。
愛と感謝を込めて
camélia Ayako
2017-09-10
愛のバトン
変化 変貌 変容でも辞めると決めたPT
今まさに私は
宇宙からの後押しを感じています。
辞めることに対する交渉成立までは
本当に長かった。
それは私の揺るぎない覚悟を決めるまでも
長かったという事。
それほどの熱意と愛を持って
取り組んできたお仕事なのです。
それでも私は
このPTを辞めると決めた。
交渉成立からは後任候補を決め
きちんと説明とお話をしなくては
と思っていた矢先
丁度良いタイミングで候補の方に
お話する機会がありました。
本当にありがたい事に
快く承諾頂きました。
私の想いに共鳴してくれる彼女に
全てを引き継げること
そのような後任者に恵まれたこと
本当に嬉しく思います。
私は辞めると決めたけれど
このPTが嫌いではありません。
大変な事ばかりでしたが
乗り越えた先にはまさに字の通り
大きな変化があり
自分でも実感する程大きく成長した私がいます。
仲間と呼べる素晴らしい人が
沢山出来ました。
本当にありがたい事です。
チャンスの神様でも綴ったこと。
今掴んでいるチャンスを
活かすも殺すも自分次第。
あとは掴んでいるチャンスに
気付けるか気付けないか。
取り組み続けるか続けないか。
チャンスと思うのか思わないのか。
チャンスの神様は
本当は自分自身なのかもしれません。
引き継ぐポジションは
誰もがどんなになりたいと思っても
絶対に1人しかなれないポジション。
私はこの2年
このポジションの激務と大きなプレッシャーとともに
大きな学びと成長を得る経験
沢山のご縁を頂くというチャンスを掴んできました。
Asami先生のハイヒールレッスンの扉を
最終的に開くきっかけ、後押しになったのも
このポジションを引き受けると決めたから。
決して誤った判断をせぬように
どんな事が起こっても
私自身を見失わないように
しっかりとした自分軸を
構築したいと思ったから。
私は沢山の恩恵とチャンスを
ある意味独り占めしてきました。
引き継ぐならば
チャンスをチャンスと捉えられる
この大きなチャンスに相応しい方に
是非とも引き継ぎたい。
ずっと思ってきました。
そして、素晴らしい後任者候補が現れました。
宇宙の計らいに心からの感謝を込めて
後任の彼女には全力の愛を持って
私が頂いてきたチャンスと
大きな成長に繋がる輝かしい道を
愛のバトンとして託そうと思います。
本来このPTの愛のバトンを引き継いでから
コンサルティングレッスンを受けようと
当初は秋からコンサルティングレッスンを
始める予定でした。
それがかなり前倒しになって今に至ります。
しかし今振り返ると
私にとっては全てが素晴らしいタイミングで
ありがたい事に上手く進んできています。
引き継ぎは、あと約2ヶ月
私の持てる全ての愛を込めて
最後の愛のバトンを託して参ります。
私にとっては社会人人生7割を捧げたPT
今この大きな愛のバトンを手放す私。
昨日、PTメンバーに辞める事を伝え
承諾頂きました。
あとは会社の最終決議を頂き
他の関係者へのご挨拶・御礼周りのみです。
現在、コンサルティングレッスンに対しては
疎かになりがちな部分も沢山ある私。
コンサルティングレッスンもAsami先生からの
"ハイヒールの哲学"という名の愛のバトン。
ただ、今持っている大きな愛のバトンの引き継ぎも
中途半端な事はしたくないのです。
なぜなら、この愛のバトンの引き継ぎは
私の人生における1つの集大成だから。
PTの愛のバトンを引き継いだ後
残りのコンサルティングレッスンは
実際本当にあと僅か。
そこからは更に全力でAsami先生からの
"ハイヒールの哲学"という名の愛のバトンを
今まで以上にしっかりと
受けて参りたいと感じています。
私の愛する沢山の仲間たちへ
心からの愛と感謝を込めて
みんな大好き
本当にありがとう
camélia Ayako
今まさに私は
宇宙からの後押しを感じています。
辞めることに対する交渉成立までは
本当に長かった。
それは私の揺るぎない覚悟を決めるまでも
長かったという事。
それほどの熱意と愛を持って
取り組んできたお仕事なのです。
それでも私は
このPTを辞めると決めた。
交渉成立からは後任候補を決め
きちんと説明とお話をしなくては
と思っていた矢先
丁度良いタイミングで候補の方に
お話する機会がありました。
本当にありがたい事に
快く承諾頂きました。
私の想いに共鳴してくれる彼女に
全てを引き継げること
そのような後任者に恵まれたこと
本当に嬉しく思います。
私は辞めると決めたけれど
このPTが嫌いではありません。
大変な事ばかりでしたが
乗り越えた先にはまさに字の通り
大きな変化があり
自分でも実感する程大きく成長した私がいます。
仲間と呼べる素晴らしい人が
沢山出来ました。
本当にありがたい事です。
チャンスの神様でも綴ったこと。
今掴んでいるチャンスを
活かすも殺すも自分次第。
あとは掴んでいるチャンスに
気付けるか気付けないか。
取り組み続けるか続けないか。
チャンスと思うのか思わないのか。
チャンスの神様は
本当は自分自身なのかもしれません。
引き継ぐポジションは
誰もがどんなになりたいと思っても
絶対に1人しかなれないポジション。
私はこの2年
このポジションの激務と大きなプレッシャーとともに
大きな学びと成長を得る経験
沢山のご縁を頂くというチャンスを掴んできました。
Asami先生のハイヒールレッスンの扉を
最終的に開くきっかけ、後押しになったのも
このポジションを引き受けると決めたから。
決して誤った判断をせぬように
どんな事が起こっても
私自身を見失わないように
しっかりとした自分軸を
構築したいと思ったから。
私は沢山の恩恵とチャンスを
ある意味独り占めしてきました。
引き継ぐならば
チャンスをチャンスと捉えられる
この大きなチャンスに相応しい方に
是非とも引き継ぎたい。
ずっと思ってきました。
そして、素晴らしい後任者候補が現れました。
宇宙の計らいに心からの感謝を込めて
後任の彼女には全力の愛を持って
私が頂いてきたチャンスと
大きな成長に繋がる輝かしい道を
愛のバトンとして託そうと思います。
本来このPTの愛のバトンを引き継いでから
コンサルティングレッスンを受けようと
当初は秋からコンサルティングレッスンを
始める予定でした。
それがかなり前倒しになって今に至ります。
しかし今振り返ると
私にとっては全てが素晴らしいタイミングで
ありがたい事に上手く進んできています。
引き継ぎは、あと約2ヶ月
私の持てる全ての愛を込めて
最後の愛のバトンを託して参ります。
私にとっては社会人人生7割を捧げたPT
今この大きな愛のバトンを手放す私。
昨日、PTメンバーに辞める事を伝え
承諾頂きました。
あとは会社の最終決議を頂き
他の関係者へのご挨拶・御礼周りのみです。
現在、コンサルティングレッスンに対しては
疎かになりがちな部分も沢山ある私。
コンサルティングレッスンもAsami先生からの
"ハイヒールの哲学"という名の愛のバトン。
ただ、今持っている大きな愛のバトンの引き継ぎも
中途半端な事はしたくないのです。
なぜなら、この愛のバトンの引き継ぎは
私の人生における1つの集大成だから。
PTの愛のバトンを引き継いだ後
残りのコンサルティングレッスンは
実際本当にあと僅か。
そこからは更に全力でAsami先生からの
"ハイヒールの哲学"という名の愛のバトンを
今まで以上にしっかりと
受けて参りたいと感じています。
私の愛する沢山の仲間たちへ
心からの愛と感謝を込めて
みんな大好き
本当にありがとう
camélia Ayako
![]() |
| 情熱を持つ1人は 情熱を持たない100人に勝る ウォルト・ディズニー |
2017-09-09
"ハイヒールの哲学"という名の語学
先日のコンサルティングレッスンで
エクササイズの実践編がありました。
声だけで人を動かすこと
何と恐ろしく難しいことでしょう。
Asami先生には本当に
想像以上の負荷をかけてしまいました。
この場をお借りして
Asami先生ごめんなさい。
ゆっくりなばすの人の動きが
ここまで早いとは本当にビックリです。
私は元々話す速度が遅い方なので
声の哲学を意識して話すと
更にゆっくりになってしまいます。
もはや遅過ぎて
手の施しようがありませんでした。
焦ると左右がわからなくなり
ヒップ?内腿??
どちらから言うべきか…
考えている間に止めるタイミング
……ピタっと止めて
当たり前ですが止めるタイミングに
止めると言っても止まらないのです。
あぁ間に合わなかった…
そんな反省をしている間に
次の動きを伝えないと
Asami先生はずっとその状態のまま。
あわあわと画面の前で
早く次の動きを伝えなくては…
今は右?左??
ここ最近稀にみる
大パニックを起こしてしまいました。
動きに合わせて声で伝えること
見逃すと間に合わず
動きのスピードを計算して
言うべきタイミングに合わせていく。
声の哲学を意識する。
それだけでも私にとってはハイレベル。
この難易度MAX状態で
更に早口言葉を行っている気分です。
早く話している”つもり”
それでも私の話すスピードは
まだまだ遅いのです。
しかし、ここは目の前に現れる
女神さまの身体の状態を左右する
非常に重要なポイント。
何が何でも習得しなければ
なりません。
今回のレッスンで
私は"ハイヒールの哲学"という名の
語学を学んできたような気がしました。
ハイヒールレッスンでリスニング
今までの声の哲学では発音・発声のレッスン
ストレッチ実践編は留学前テスト
そして、エクササイズの実践編で
気分はいきなり留学体験
言うべきポイントは
またもや苦手な男性性でスパッと言い切る。
本当にこの男性性の構築には
苦戦しております。
レッスンではAsami先生の声に
ついていく事に必死でしたが
こんなにも早く話されていたのだと
改めて感嘆しています。
私にも出来るのかと訝りながら
また新たな挑戦課題が出来ました。
毎週、毎日、次々と出てくる挑戦課題
まだこなすと言うより
挑戦してみる粗削りな状態。
それでもこの挑戦の積み重ね
課題に取り組み続ける継続力
諦めない気持ちが
大切なのだと思います。
マイペースな私ですが
本当に微々たる前進でも
進んでいることには違いない。
私なりにじっくりと自分の身に
染み込ませていきたいと思います。
camélia Ayako
エクササイズの実践編がありました。
声だけで人を動かすこと
何と恐ろしく難しいことでしょう。
Asami先生には本当に
想像以上の負荷をかけてしまいました。
この場をお借りして
Asami先生ごめんなさい。
ゆっくりなばすの人の動きが
ここまで早いとは本当にビックリです。
私は元々話す速度が遅い方なので
声の哲学を意識して話すと
更にゆっくりになってしまいます。
もはや遅過ぎて
手の施しようがありませんでした。
焦ると左右がわからなくなり
ヒップ?内腿??
どちらから言うべきか…
考えている間に止めるタイミング
……ピタっと止めて
当たり前ですが止めるタイミングに
止めると言っても止まらないのです。
あぁ間に合わなかった…
そんな反省をしている間に
次の動きを伝えないと
Asami先生はずっとその状態のまま。
あわあわと画面の前で
早く次の動きを伝えなくては…
今は右?左??
ここ最近稀にみる
大パニックを起こしてしまいました。
動きに合わせて声で伝えること
見逃すと間に合わず
動きのスピードを計算して
言うべきタイミングに合わせていく。
声の哲学を意識する。
それだけでも私にとってはハイレベル。
この難易度MAX状態で
更に早口言葉を行っている気分です。
早く話している”つもり”
それでも私の話すスピードは
まだまだ遅いのです。
しかし、ここは目の前に現れる
女神さまの身体の状態を左右する
非常に重要なポイント。
何が何でも習得しなければ
なりません。
今回のレッスンで
私は"ハイヒールの哲学"という名の
語学を学んできたような気がしました。
ハイヒールレッスンでリスニング
今までの声の哲学では発音・発声のレッスン
ストレッチ実践編は留学前テスト
そして、エクササイズの実践編で
気分はいきなり留学体験
言うべきポイントは
またもや苦手な男性性でスパッと言い切る。
本当にこの男性性の構築には
苦戦しております。
レッスンではAsami先生の声に
ついていく事に必死でしたが
こんなにも早く話されていたのだと
改めて感嘆しています。
私にも出来るのかと訝りながら
また新たな挑戦課題が出来ました。
毎週、毎日、次々と出てくる挑戦課題
まだこなすと言うより
挑戦してみる粗削りな状態。
それでもこの挑戦の積み重ね
課題に取り組み続ける継続力
諦めない気持ちが
大切なのだと思います。
マイペースな私ですが
本当に微々たる前進でも
進んでいることには違いない。
私なりにじっくりと自分の身に
染み込ませていきたいと思います。
camélia Ayako
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| 踏まれても叩かれても、 努力さえしつづけていれば、 必ずいつかは実を結ぶ 升田幸三 |
2017-09-08
頭の上にティアラを乗せて
ティアラ
一般の方は頭に乗せる機会は
滅多に無いと思います。
私も普段そのような機会はございません。
ただ、外には決してつけられませんが
私は1つティアラを持っています。
ティアラは20歳の誕生日プレゼント
お友達から頂きました。
当時は卒業論文と制作の準備を始める期間
私は等身大ドレスを制作予定だったので
皆が買ってくれました。
が、私の制作は最終的に人形劇となり
台本から舞台、衣装、DVDを
全て自分で作りました。
何故なら人形とお伽話を通して
私の人生の研究テーマを発表したくなったから。
本当の命題は、先日みにくいアヒルの子で
少し綴りました嫁姑関係について
それぞれの立場、視点で
それぞれがどう考え
どうしていけば皆が幸せな
家族になれるのか。
その内容を誰が見てもわかる
有名なお伽話を組み合わせ
新しいお話を作り
人形劇として制作しました。
白雪姫に出てくる魔法の鏡にかけて
あなたの望みは何ですか?
それが私にとっては
本当に大切な命題だったのです。
発表前には参考文献を全て出しなさいと
軽い盗作疑惑まで出ていました。
私自身の経験であるので
参考文献は記載以上はない事
全て私のオリジナルである事を
実際のエピソードを交えて
わざわざ説明させられたくらいです。
説明後はDisneyに売れるとまで言われましたが
そんなつもりはありません。
あれから10年ちょっと経ちますが
プレゼントされたティアラは今でも大切に持っています。
自力で軸が取りづらくなった時
頭に意識がいくように
実際頭に乗せて動いてみます。
カチューシャみたいに軽いものなので
軸が取れない頭の上に乗せて
勢いよく動こうものならば
全く美しくKeepされません。
頭の上にティアラを乗せて
そんなイメージで歩くだけでも
どこか凛とした気持ちになる。
そうなると、いつもより顎を引き
ゆったり美しい所作になる。
私にとってその頭のポジションで
更に頭をもうPUSHすれば
とても良い位置なのです。
乗せるティアラは
由緒あるものでも何でもない。
でも私の中でそのティアラは
様々な想いが詰まった大切な品であり
例え頭に乗せなくても
美しいイメージと所作を意識作る
秘かな裏ワザアイテムなのです。
camélia Ayako
一般の方は頭に乗せる機会は
滅多に無いと思います。
私も普段そのような機会はございません。
ただ、外には決してつけられませんが
私は1つティアラを持っています。
ティアラは20歳の誕生日プレゼント
お友達から頂きました。
当時は卒業論文と制作の準備を始める期間
私は等身大ドレスを制作予定だったので
皆が買ってくれました。
が、私の制作は最終的に人形劇となり
台本から舞台、衣装、DVDを
全て自分で作りました。
何故なら人形とお伽話を通して
私の人生の研究テーマを発表したくなったから。
本当の命題は、先日みにくいアヒルの子で
少し綴りました嫁姑関係について
それぞれの立場、視点で
それぞれがどう考え
どうしていけば皆が幸せな
家族になれるのか。
その内容を誰が見てもわかる
有名なお伽話を組み合わせ
新しいお話を作り
人形劇として制作しました。
白雪姫に出てくる魔法の鏡にかけて
あなたの望みは何ですか?
それが私にとっては
本当に大切な命題だったのです。
発表前には参考文献を全て出しなさいと
軽い盗作疑惑まで出ていました。
私自身の経験であるので
参考文献は記載以上はない事
全て私のオリジナルである事を
実際のエピソードを交えて
わざわざ説明させられたくらいです。
説明後はDisneyに売れるとまで言われましたが
そんなつもりはありません。
あれから10年ちょっと経ちますが
プレゼントされたティアラは今でも大切に持っています。
自力で軸が取りづらくなった時
頭に意識がいくように
実際頭に乗せて動いてみます。
カチューシャみたいに軽いものなので
軸が取れない頭の上に乗せて
勢いよく動こうものならば
全く美しくKeepされません。
頭の上にティアラを乗せて
そんなイメージで歩くだけでも
どこか凛とした気持ちになる。
そうなると、いつもより顎を引き
ゆったり美しい所作になる。
私にとってその頭のポジションで
更に頭をもうPUSHすれば
とても良い位置なのです。
乗せるティアラは
由緒あるものでも何でもない。
でも私の中でそのティアラは
様々な想いが詰まった大切な品であり
例え頭に乗せなくても
美しいイメージと所作を意識作る
秘かな裏ワザアイテムなのです。
camélia Ayako
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| 無我夢中の時間の中にこそ 人生の充実がある 安藤忠雄 |
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