2017-08-08

毎瞬写真に撮られてる気持ち

最近、気持ち少なくなってきた気もしますが
外国から来られている観光客の方々は
まだやはり多いです。


合わせて、意図せずに知らない誰かの
カメラに収まってしまっている事も
多い気がします。


そうでなくても観光関わらず
皆さんカメラを持って
写真を撮られている事が多いです。

無意識の自分が意図せずに
誰かの記録の中に残っているかもしれない。

誰も気にしていないとは思いますが
私個人としては恐ろしいことです。



先日もある宴会で
気づかぬ所で写真として
収まってしまっておりました。


これが普段の私なのでしょうが
ちょっと恥ずかしい瞬間でした。



別で意識して撮って頂いた写真も
意識して撮って頂いたはずなのに
思っていたようなものではなく落胆。


振り返って考えてみた所
そこにはフォトシューティングで学んだ
意識が抜けていました。



いついかなる時も美しく
それは毎瞬写真を撮られている気持ちで

丁寧に心を込めて
私が何者でありたいのかを忘れずに
一瞬一瞬を過ごすこと



実践はなかなか難しいですが
少しずつ無意識の習慣として
落とし込めるようになりたいと
改めて思います。



そして、私事ではありますが
blogを始めて本日の記事が
100回目の記事となりました。

caméliaを訪れて下さる皆さま
本当にありがとうございます。

また明日から気持ちも新たに
精進して参ります。


心からの愛と感謝を込めて
camélia Ayako
千葉 ハイヒール camélia Ayako
いつも自分を磨いておけ!
あなたは世界を見るための窓なのだ!
ジョージ・バーナード・ショー





















2017-08-07

自分を客観的に見ることの大切さ

昨日は久しぶりのコンサルティングレッスン

「声の哲学」に苦戦中です。


自分を客観視する、周りの人は自分の鏡でも
外面的に客観視することは綴ってきました。

自分のことは自分が一番わかっていないこと。
理解していた ” つもり ”でした。


私のrunwayでも綴った通り
日常生活で歩く道は様々

日常生活での行動は、もっと様々
多種多様です。


元々私は大阪のお笑いDNAを持っているので
日常的に楽しいこと、笑えることを
探す思考が身についています。

このため、どんな過酷なお仕事であっても
意外と笑ってこなせる一面がありますが

逆に今、この癖が「声の哲学」
私のカリスマ性を構築する邪魔をしています。



何かあると笑みがこぼれてしまうのです。

予想外のお題が出された時などは
動揺のあまり
笑いとリアクションが大きく出てしまう。


Asami先生のレッスンは
トラップが盛り沢山。

1回耐えたと思って油断した後に
すぐ新たなトラップに引っかかってしまうのです。

毎回本当に鍛えて頂いておりますが
我ながら手強い無意識です。



声は言葉と息をストレートに直球に
相手へ刺すくらいのイメージで
伝えなくてはならないのですが

言葉も息も
意識していないと軽く出てしまう。


いいえ、私は意識しているつもりなのです。

声が軽くなった瞬間に
Asami先生から指摘されて
ようやく気付けるほど
私の無意識が強いのです。


無意識の自分は
自分であるにも関わらず
非常に手強い存在となっています。



あまりに酷いので
レッスン後、自分の声を
録音確認してみました。

自分の ” つもり ” は
やはり、あくまでも ” つもり ”でした。


Asami先生からのご指摘通り。

そして、Asami先生の普段の発声と
私の発声は、もはや全く違うのです。



鼻歌とオペラ歌手レベルの違い
というのでしょうか。

これも腹筋の使い方、コントロール力の
レベルの違いであることまでは理解しました。


どうすれば、鼻歌レベルが
オペラ歌手になれるのか。


それでも今、自分の声を録音し
客観的に聴いてみて良かった。

今の自分のレベルを
正しく知ることが出来たから。



どのような事もそうですが
自分を客観的に見ること

それはまず自分が今どのような状態にあり
どのようなレベルなのかを自ら知る事。


自分の位置を知らなければ
目指す方向、改善すべき目標は
設定することなど出来ません。



自分を知る事

コンサルティングレッスンを始めて
単純に身体や外面だけではなく
様々な自分を見直し、発見する日々です。



このような機会がなければ
知る事の出来なかった私。

このような機会がなければ
なりたい私へ近づくことは
もっと時間がかかっていたでしょう。



更なる理想の私に向けて
自分を知り、自分を改革して
参りたいと思います。

camélia Ayako

 千葉 ハイヒール camélia Ayako
進化するときっていうのは、
カタチはあんまり変わらない。
だけど、見えないところが変わっている。
それがほんとの進化じゃないですかね。
イチロー










2017-08-06

ヒールの高さはプライドの高さ


ヒールの高さはプライドの高さ

ちょこちょこ耳にしますが
一理あると思います。


それが悪いことだとは全く思わない。
むしろ素晴らしいことだと思います。



高いヒールを履くこと
むやみに根拠なくプライドが高い訳じゃない。



高いヒールを履きこなすこと
その裏には、美しく在りたいと思う意思
美しさに対する意識の高さがある。



今より高いヒールを美しく履きこなそうとすること
そこに美しさを求めるならば
相当な努力が必要。



高いヒールを美しく履くこと
それは自分自身との闘い

でも、そこにはローヒールでは見ることの出来ない
美しい世界が広がっている。



今より高いハイヒールを美しく履きこなすこと
それは登山に似ていると思います。


わざわざ山に登らなければならない訳じゃない。

それでも登ろうと思うのは
挑戦した人にしかわからない
素晴らしい世界が
広がっているからだと思います。



自分自身と闘い
挑戦した先に見える
素晴らしい世界


一瞬でも見てしまったら
一瞬でも知ってしまったら

後戻りは出来ない世界


それ程までに魅せられる
素晴らしい世界なのです。



自分の限界に挑戦し
達成した高揚感が加わり
また更なる高みへ挑戦したくなる。



ハイヒールの世界も同じ。

例え1㎝と言っても
この1㎝の大きさ、違いを

理解している方が
どれ程いらっしゃることでしょう。



この1㎝の違いだけで
どれ程までの努力を要し
どれ程までの意識を行うことか

理解している方が
どれ程いらっしゃることでしょう。



ヒールの高さはプライドの高さ
大いに結構


それは芸術品でもある
美しいハイヒールへの敬意の現れ。


まずは憧れ、挑戦し
美しいと思える時が増えると自信が出来て
プライドが出来てくる。

それは履きこなすハイヒールの高さに
ある程度比例すると思います。



ヒールの高さはプライドの高さ



高いヒールを美しく履きこなす女性には
高いプライドに見合う程の美意識と


周りに見えない所での
想像を絶する努力


そして自分自身との闘いがあるのだから


プライドが低い方がおかしいのです。

camélia Ayako



千葉 ハイヒール camélia Ayako
僕は人の質を決定するのは
その人が自分にプライドを
持っているかどうかだと考えている。
他人に見せるプライドではない。
自分自身への誇りである。
連城三紀彦






















2017-08-05

膝の表現

膝の意識でも綴りましたが
普段あまり意識が届き難いパーツ

今まで膝は前脚の軸を作るため
伸ばす意識を重点的に行ってきました。


先日私のCinderella-heelsでのレッスンから
脚を前に出す各ポイントを確認し
身体に入れ込む作業を改めて行っています。


少し進めるようになった時
膝の表現が入りました。


まずは、前脚を出す際には
膝と膝をタッチすること。


そして
膝を内から外に回すように
美しさを意識して脚を出すこと。


私は足の甲が外に向きやすいのですが
その理由がわからず癖も発症しかけ
苦戦していました。


この意識だけで足の甲
隣の脚を感じることで綴った意識が

何とはなく以前よりも
出来るようになった気がしています。


前脚、後脚、一歩、一歩進むたびに
左右の脚はそれぞれ役割を変えます。

その間、膝は曲げて伸ばすを繰り返します。

この曲げて伸ばすリズムが
とても難しいのですが

男性性・女性性のバランスを考えて
表現しながら脚を出すこと。


とても難しいのですが
この表現が出来た時と
出来なかった時の違い。

奇跡が起きてその美しさ
違いを知ってしまうと
目指さずにはいられない世界なのです。


習得するまでには
時間がかかる覚悟ですが

膝の表現はそれ程までに
奥深く、難しい世界であり

エレガントを表現し
美しさの要となるパーツでもあります。

付け焼刃ではなく
じっくり真剣に身体に入れ込み
自分のものにしたい表現スキルです。

camélia Ayako
千葉 ハイヒール camélia Ayako
ピンヒールを履いた瞬間
人は“女”になるんです.
セルジュ・エフェス

2017-08-04

自由と自立

働くこと
私は好きです。

自分が行った仕事によって
誰かが喜び、笑顔になること

ただそれだけが嬉しくて

共にお仕事をする誰からも
評価されなかったとしても

クライアントから評価されれば
それで良いのです。


顧客から評価されるお仕事をしていれば
おのずと評価はされるのですが

女性が働くという意味を
シャネルが名言として残していました。


お金が欲しいという欲望から始まって
次に働きたい意欲にかられる。
そして働くことは、お金それ自体よりも
もっと強い興味の対象となってゆく。
お金は結局、独立のシンボルという
意味しか持たなくなる。
ココ・シャネル


シャネルがお金が欲しいと思った理由
それはやりたい事を実現するため。

お金を得るためには働く必要があり
働くことは、地位やお金より
自己実現に繋がることだった。

それこそが自由を手にするという事。


働いて得たお金は
自分の使いたいように
自由に使うことが出来る。

それは自分のやりたいことを
確立できる、独立できるということ。


確かに数十年前まで
女性の人生は階級や関わる男性で
決まっていたようなものだと思います。

今の私たちは自分の好きな物を選び
好きな所へ行き、自分の夢への投資をして
大好きな人達へのプレゼントも出来る。


現代女性は男性並みに働く方も多く
ストレスも多いと思いますが

それでも私は、好きな事を仕事にして
自分で得たお金に対して
何て自由なのだろうと思います。


昔の女性達から考えたら
とても画期的な事ではないでしょうか。

働くことは時に不自由
理不尽な事も起こるけれど
変わりに学びと自由を得ている
自己実現の行為。


昔の女性はもっと不自由
理不尽な事がまかり通っている世界。

洋服のスタイル1つだけでも
不自由さを感じる時代が長く続いています。


私達現代女性はシャネルを始め
先を生きた女性たちの恩恵のもと
今の自由を得ているのだと改めて感じます。


本当の意味で自立できるかは自分次第。

でもそこは
美しいハイヒールが助けてくれます。

camélia Ayako
千葉 ハイヒール camélia Ayako
かけがえのない人間となるためには、
いつも他とは違っていなければならない。
ココ・シャネル

2017-08-03

美しい筋トレ

ハイヒールを履いて美しく歩くこと
それは美しい筋トレだと思います。


美しい筋トレと言っても
筋肉という意味だけの筋トレではありません。

美しく在ろうとする意識、マインドの
筋トレでもあると思います。


先日、先輩のお手伝いで
1日立ちっぱなしのお仕事がありました。

もちろん足元は先日お修理から
無事に戻って参りました
プラットフォームタイプ12㎝の
Christian Louboutin


周りの方々には
「そんな靴で」と驚かれましたが

慣れない立ちっぱなしのお仕事であると
わかってはいても

私は何の躊躇も迷いもなく
このハイヒールを選びました。


このハイヒールを履いた姿で
私が私らしく私として完成するのだから。


慣れないお仕事のお手伝い
しっかりこなすために

私は私らしくお仕事に取り組める姿を
選んだだけなのです。


お仕事内容は展示会のお手伝い。

だから尚更のこと
会社の顔として
美しく在るべきだと思ったのです。


お客さまを待っている間はまさに筋トレ。

お客さまが来られた時の対応には
今までの学んだ表現をなるべく活用し
ある意味練習させて頂きました。


お世話になっている取引先の方にも
説明している姿を目撃されており

「あのようなお仕事でもピンヒールなのか」と
驚きとともに、後日お声掛け頂きました。


ハイヒールに関して
お声をかけて頂く時は

私は必ず「美しい筋トレです。」
とお返事しています。


本来ハイヒールは普段の生活の中で
実用的に作られた靴ではありません。

必ず履かなくてはならないもの
ではありませんが

履くと背筋が伸びるような気持ちになるのです。
そして、その状態が心地良いのです。


お天気や周りの環境、心の状態で
筋肉への意識が緩んでしまう事はありますが
そんな時もあって良い。

全てを完璧にこなそうとすればするほど
辛くて余計に続かない。
そんな時は無理せず休んでも構わない。


毎日の中で繊細に自分の状態を確認し
自分の求めているもの、変化に気付き
間違っている部分は反省しながら
少しずつ修正する。

その過程に自分の成長が
あるのだと思います。


出来ない自分
出来なかった自分に失望して
自分を責めないこと。

出来なかった自分をも認めて
そこからまた諦めず続けること

それが一番大切なことだと思います。


私たちは必ず毎日歩きます。

ハイヒールを履いて
美しく歩く意識を行うこと。

それは毎日美しく続けられる
心身の筋トレなのです。

camélia Ayako

千葉 ハイヒール camélia Ayako
満足しない事は、スキルを上げる一番のテクニックだ。
ウェイン・グレツキー
















2017-08-02

冷えている身体

外は猛暑

暑さのあまり冷房や
冷たい食べ物、飲み物に偏りがちです。

私は元々身体は冷たい方なのですが
汗はかくので薄着にもなりがちです。


先日、緊急対応が立て続けにあり
ここ数ヶ月は、ランチも取り損ねる日々が
ずっと続いていたため

あまりに調子が悪く
室内で冬装備でした。


毎日開いてコツコツ綴っていたblogも
緊急対応の余波で数日何も出来ぬまま

書き溜めていた記事を
見返さぬままUPするという

私にとっては非常事態レベルの
キャパオーバーでした。


まさに走り続けて休まぬ状態。


この猛暑の中、エコ対応な室内の中
とても変な感じですが、お腹にカイロと

久方ぶりのランチではなく
お昼寝で復活しました。


お腹に貼ったカイロは
とても暖かく心地よい状態で

15分程ですが少し眠れたことで
おかげさまで倒れることなく今に至ります。


自分の身体が思いの外
冷えていたことと
寝不足であったこと
身体が硬くなっていたことに気付きました。


浮腫みも冷えなどからきますが
やはり女性の身体は
冷やしてはいけないのだと
改めて感じます。


身体が冷えているから
外気温との差が余計に辛く、だるくなり

暑さも重なって寝不足になると
更に疲れが取れにくい。


冷えているものは
大概固いものです。

身体も筋肉も
冷えていては硬くなって
仕方がないと思います。

実際ストレッチも
最近しっかり出来ておりませんでした。


冷えている身体
気付かないままだと
この時期どんどん冷やしてしまう。

冷えた身体
どんどん固くなり
全ての体内の巡り・流れが悪くなる。


身体を温めて緩めること
このような時期だからこそ
気をつけなくてはならないと
心から感じます。

今気付けて本当に良かったと思います。

camélia Ayako
 
千葉 ハイヒール camélia Ayako
身体を緩めることは、本来持っている能力を発揮させるばかりではなく
新たな能力を開花させる可能性も秘めています。
高岡英夫